上野アメヤ横丁
東京都台東区上野、JR線上野駅と御徒町駅の間の高架下と周辺に広がるアメヤ横丁。
「アメ横」と呼ばれる距離にして500mほどの商店街には400以上の店舗がひしめき、国内外から多くの観光客が訪れる観光スポットですが、日中の活気に溢れるアメ横とは違った、店じまいした後の深夜のDEEPなアメ横を撮影してきました。
アメヤ横丁
アメ横の歴史
アメ横は第二次世界大戦後間もない頃に上野御徒町の国鉄線の高架線周囲に自然発生した闇市を起源とし、治安の悪かった(今現在も悪いが)上野御徒町の正常化のため、警察と区役所が近隣の実業家に依頼し、昭和21年(1946年)に身元のハッキリとした公正な店舗を集めた「近藤マーケット」を造り、闇市の排除に努めた。その後マーケット周囲には中国からの引揚者の露店が建ち並ぶようになり、現在のアメ横を形成してゆきました。
またアメ横が形成されてゆく過程で昭和23年(1948年)に韓国・朝鮮人が東上野に集団移転したものが東上野コリアンタウンです。
アメ横の由来
終戦後、食料統制時代に砂糖の統制により甘味が不足していた時期があり、茨城から仕入れた芋飴や中国から仕入れた人工甘味料を用いた飴を売る店が連なっていた事から飴屋(アメヤ)横丁と呼ばれるようになった。
アメリカ統治時代にPX(軍隊内で食料品や日用品を売る店)からの横流し品や舶来品が売られる店が集まった事からアメリカ横丁、略してアメ横と呼ばれるようになった。
と言う二通りの説があります。
アメ横夜景
日中より深夜の方が治安が悪い地域は数あれど、深夜の方が日中より治安の良い地域は数える程だろう。ここアメ横も日中より深夜の方が治安が良い地域のひとつで、日中はアフリカ系の客引きを始めとして、居酒屋から怪しげなお店まで数多の客引きが待ち構えていて、迷惑防止条例などどこ吹く風ですが、店じまいした後の深夜のアメ横は客引きも居なくなり、やっと安心して通れます。
深夜のアメ横は昼間の活気が嘘のようで、ひしめき合う店の全てにシャッターが降ろされ、高架とビルに挟まれた通りは薄暗く人通りも少なくDEEPな雰囲気満点ですが、スラム街と言う訳ではないので、むしろ昼間より治安は良いくらいです。※上野自体が都内としては赤羽と並んで治安が悪いので警戒は怠らずに。
住所
東京都台東区上野付近
最寄り駅・バス停
JR線 上野駅・御徒町駅より徒歩約3分 |
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